「かなた」を見る度量がほしい!

ペン(小説 ルポ)を元気に
中秋の名月を眺める

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子供のころ、道に街路灯は無く、暗い夜道は、でこぼこの砂利道で大変に歩きにくいものでした。月の出ない夜など、足元に目を凝らしても真っ暗闇で何も見えません。そんな時、顔を起こし、遠くかなたに目をやると、星あかりのなかに、ほんのりと白く道筋が浮かんで見え、それを頼りに歩けたものでした。子供心に、かなたを見ることで、見えなかったものが見える事実を学びました。

大人になって、夜道には明るい灯がともり、かなたを見なくても、誰もが安心して歩けるようになりました。夜の闇がなくなり、四六時中、明るいことに慣れ、かなたを見る術(すべ)も忘れたようです。目先の損得や評判にとらわれて、五年十年先のことには目も向けません。「木を見て森を見ず」「朝三暮四」の故事さながらの社会風景が、日々、テレビや新聞、ネット等で報道されているのは、寂しいかぎりです。

 「三計」という言葉があります。穀物を植えるには一年、木を植えるには十年、人を育てるには百年という見通しが必要との意味です。明治維新のころ、あるいは、太平洋戦争直後の日本の厳しい時代には、国中で教育に力を入れていました。おらが村の子供たちのために、村の財産を投げ出し、労苦もいとわず学校創設に力を尽くした逸話は、今でも各地に残っています。

地域の教育・文化が大切にされ、貧しくても、子供たちは、家族や地域の愛のまなざしのなかで育ちました。少しばかり勉強ができるより、人として、挨拶・手伝いのできることが大切と教えられました。弱い者いじめや卑怯な行為はもってのほか、他人を傷つける言葉はつつしむべきとされてきました。子供たちは、学校や地域を誇りに思い、目標・志をもって学ぶことができました。人の温かさ・人を信じることを知り、やっていいこと悪いこと、我慢すべきことなどを身につけていきました。

政治主導の世の中で気がかりなのは、その目線がどこにあるかです。あまり近くばかりを見ていては、近未来に危急あるとき、右往左往させられる国民や子供たちがみじめです。せめて、木を植えるスパンで考えたいものです。両手を広げ、大きく背筋を伸ばし、将来の日本と世界をイメージしながら、日本の資源である人材を育む「教育」に思いをめぐらしてほしいものです。そんな「かなた」を見る度量を大人たちがもつことで、日本の未来が明るくなるように思えます。

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